このページでは,交通事故等の事故被害者が,弁護士の活動により後遺障害等級認定を獲得し,金銭賠償の獲得や増額に成功した解決事例を紹介します。
【このページで分かること】
・実際に交通事故の金銭賠償を獲得した事件の内容
・後遺障害等級のポイント
・金額交渉・増額のポイント
・具体的な争点と解決内容
今回は,後遺障害診断書の作成後に弁護士が受任し,診断書の再作成を依頼するなどの活動を尽くした結果,併合11級の後遺障害等級認定につながったケースを紹介します。
目次
事案の概要
被害者は,単車の乗車中,信号表示のある十字路交差点に青信号に従って進入したところ,左方から信号無視して交差点に進入してきた四輪車と衝突する事故に遭いました。
被害者は,左肩の靭帯損傷や左肩鎖関節脱臼等のケガを負い,概ね8か月ほどの通院治療を尽くしたものの,患部の変形が残った上,左肩が満足に振り上げられなくなりました。そのため,後遺障害としては,変形障害及び関節可動域制限(機能障害)が想定される状況でした。
被害者は,保険会社及び病院から通院終了の案内を受け,病院から後遺障害診断書の作成を受けた段階で,診断書の内容を踏まえて弁護士に相談することをご希望されました。
ポイント
後遺障害等級認定手続に入る直前のご相談
考えられる後遺障害は変形と左肩の可動域制限
法的問題点
①後遺障害等級
【可動域制限】
肩関節の可動域制限に関しては,以下のような等級認定の可能性が考えられます。
等級 | 基準 | 可動域制限の程度 |
8級 | 関節の用を廃したもの | 患側が健側の10%程度 |
10級 | 関節の機能に著しい障害を残すもの | 患側が健側の2分の1以下 |
12級 | 関節の機能に障害を残すもの | 患側が健側の4分の3以下 |
そして,肩関節で可動域制限が問題となる運動(主要運動)は以下の通りです。
関節 | 主要運動 | 参考可動域角度 |
肩関節① | 屈曲(前方拳上) | 180度 |
肩関節② | 外転(側方拳上) | 180度 |
肩関節の運動
つまり,肩関節の可動域制限が後遺障害等級に認定されるのは,前方に振り上げる「屈曲」か側方に振り上げる「外転」の可動域が4分の3以下に制限されてしまった場合となります。ここで,4分の3以下に制限されているかどうかは,患側(ケガをした方)と健側(ケガをしていない方)の比較で行われることになります。
本件で可動域制限が等級認定されるための条件
1.左肩の屈曲(前方拳上)の可動域が,右肩の4分の3以下
2.左肩の外転(側方拳上)の可動域が,右肩の4分の3以下
しかしながら,被害者の後遺障害診断書を確認したところ,健側が110~120度程度,患側が100度程度と,それほど大きな差異のない測定結果とされていました。この後遺障害診断書を提出しても,可動域制限が等級認定される可能性はありません。
ただ,この測定結果には違和感が否定できません。というのも,怪我をしていないはずの健側が110~120度の可動域にとどまっていますが,これは参考可動域180度と比較すると4分の3を下回っているためです。怪我のない健側に,後遺障害等級の対象になるほどの可動域制限が生じているというのは,通常は考えにくい状況と言わざるを得ませんでした。
そこで,弁護士が被害者と直接面談の上で打ち合わせを行い,関節可動域を目視で確かめることとしました。そうすると,健側の可動域は,概ね参考可動域180度に近い状態であると確認でき,後遺障害診断書の測定値が何らかの理由で実態を反映できていないことが分かりました。
以上を踏まえ,肩関節可動域については再測定の依頼をすべき状況と判断しました。
ポイント
可動域制限の基準は,患側が健側の4分の3以下
健側の可動域が実態を反映していなかったため,再測定を依頼
【変形障害】
肩関節を含む上肢の変形に関しては,以下のような後遺障害等級が考えられます。
等級 | 基準 |
12級8号 | 長管骨に変形を残すもの |
「長管骨に変形を残すもの」とは,以下のいずれかに該当する場合を指します。
1.上腕骨に変形を残し、外見から想定できる程度のもの(=15度以上屈曲して不正癒合したもの)
2.橈骨及び尺骨の両方に変形を残し、外見から想定できる程度のもの(=15度以上屈曲して不正癒合したもの)
3.上腕骨、橈骨又は尺骨の骨端部に癒合不全を残すもの
4.橈骨又は尺骨の骨幹部又は骨幹端部に癒合不全を残し、硬性補装具を必要としないもの
5.上腕骨、橈骨又は尺骨の骨端部のほとんどを欠損したもの
6.上腕骨(骨端部を除く)の直径が2/3以下に減少したもの
7.橈骨又は尺骨(骨端部を除く)の直径が1/2以下に減少したもの
8.上腕骨が50度以上、外旋又は内旋で変形癒合しているもの
「障害認定必携」より引用
この点,被害者には左肩鎖関節の脱臼に伴い,左肩に突出した部分が現れていました。この点は,適切に判断されれば12級の対象となることが見受けられます。そして,変形に関しては,後遺障害診断書でも十分な指摘がなされており,判断に必要な画像資料も揃っていることが確認できました。
そのため,変形障害に関しては,既に作成された書類で等級認定の獲得が可能であると判断することができました。
ポイント
変形障害については,後遺障害診断書での指摘,必要な画像資料ともにあり
追加の依頼なく等級認定の獲得が可能であると判断できた
②慰謝料
後遺障害等級が認定された場合,慰謝料については「傷害慰謝料」及び「後遺障害慰謝料」が発生します。それぞれについて,いわゆる「自賠責基準」「任意保険基準」「裁判基準」と呼ばれる金額水準があり,一般的に裁判基準が最も高額な水準とされています。
【傷害慰謝料】
自賠責基準の計算方法
①対象日数 | 「総治療期間」と「実通院日数×2」のいずれか小さい日数 |
②日額 | 1日6,100円 |
③計算方法 | ①対象日数×②日額=自賠責基準の金額 |
もっとも,自賠責保険金には合計120万円の限度額があるところ,本件では治療費だけで120万円を超過しており,自賠責保険から支払われる慰謝料はゼロとなります。
そのため,保険会社は任意保険基準を念頭に計算することが想定されます。
任意保険基準の計算方法
任意保険基準の慰謝料(一例)
本件では,被害者の治療期間が約9か月であったため,任意保険基準の慰謝料は82万円ほどとなることが想定されます。
裁判基準の計算方法
裁判基準では,任意保険基準と同様,入通院期間を基準に計算しますが,その金額は任意保険基準より大きくなるのが通常です。
また,裁判基準の場合,他覚症状のないむち打ち(=軽傷)の場合(別表Ⅱ)とそうでない(=重傷)場合(別表Ⅰ)の二種類があり,重傷に用いられる別表Ⅰの方が金額が大きく定められています。
具体的な金額は以下の通りです。なお,1月=30日とみなして計算します。
裁判基準の慰謝料 別表Ⅰ(重傷)
裁判基準の慰謝料 別表Ⅱ(軽傷)
本件では,別表Ⅰが用いられるため,治療期間約9か月に対する慰謝料は約139万円となります。
以上を踏まえると,本件では,任意保険基準82万円と裁判基準139万円の間で可能な限りの金額交渉を試みることが見込まれます。
この点,弁護士が交渉で目指す慰謝料額は,裁判基準満額の90%が目安とされやすいところです。そのため,裁判基準139万円の90%に当たる約125万円が目標額の目安と考えられます。
【後遺障害慰謝料】
自賠責基準及び裁判基準の後遺障害慰謝料は,以下の通りです。
後遺障害等級 | 【自賠責基準】 | 【裁判基準】 |
1級 | 1150万円 | 2800万円 |
2級 | 998万円 | 2370万円 |
3級 | 861万円 | 1990万円 |
4級 | 737万円 | 1670万円 |
5級 | 618万円 | 1400万円 |
6級 | 512万円 | 1180万円 |
7級 | 419万円 | 1000万円 |
8級 | 331万円 | 830万円 |
9級 | 249万円 | 690万円 |
10級 | 190万円 | 550万円 |
11級 | 136万円 | 420万円 |
12級 | 94万円 | 290万円 |
13級 | 57万円 | 180万円 |
14級 | 32万円 | 110万円 |
11級の場合,自賠責基準136万円,裁判基準420万円となるため,この間で可能な限りの金額交渉を試みることが見込まれます。
この点,弁護士が交渉で目指す慰謝料額は,裁判基準満額の90%が目安とされやすいところです。そのため,裁判基準420万円の90%に当たる378万円が目標額の目安と考えられます。
ポイント
傷害慰謝料は82万円→125万円の増額目標(自賠責基準→裁判基準の90%)
後遺障害慰謝料は136万円→378万円の増額目標(自賠責基準→裁判基準の90%)
③後遺障害逸失利益
被害者は兼業主婦であったため,後遺障害等級が認定された場合,主婦業(家事労働)の逸失利益が問題となります。
この点,肩関節の可動域制限12級と変形障害12級がそれぞれ認定された場合,併合11級とはなりますが,11級を前提とした後遺障害逸失利益を請求することができるかは難しいところです。なぜなら,変形障害は直ちに労働能力の低下をもたらすわけではないからです。
肩関節に変形があっても,変形によって主婦業の制限が生じることは一般的に想定されていません。そのため,併合11級の認定であっても,逸失利益の計算で考慮すべき後遺障害等級は可動域制限の12級のみと考えなければならない状況と言えるでしょう。
この点が具体的に影響するのは,「労働能力喪失率」,つまり後遺障害による労働能力の低下度合いです。労働能力喪失率は,後遺障害等級ごとに定められていますが,具体的な数値は以下の通りです。
1級 | 100% |
2級 | 100% |
3級 | 100% |
4級 | 92% |
5級 | 79% |
6級 | 67% |
7級 | 56% |
8級 | 45% |
9級 | 35% |
10級 | 27% |
11級 | 20% |
12級 | 14% |
13級 | 9% |
14級 | 5% |
本件では,11級相当の20%ではなく,12級相当の14%にて合意することを想定すべきと考えられます。
ポイント
肩関節の変形は主婦業の労働能力に影響しない
逸失利益に影響する後遺障害は12級と考えることが必要
弁護士の活動
①後遺障害診断書の再作成依頼
まず,関節機能障害(可動域制限)が等級認定されなければならないため,後遺障害診断書の再作成を依頼する必要がありました。そこで,弁護士から被害者の方に後遺障害診断書の再作成をお勧めするとともに,主治医の先生とご相談いただきたい内容を書面化してお渡しすることで,被害者と主治医との間で再測定及び診断書訂正(再作成)を進めてもらう方法を選択しました。
この点,診断書の再作成を依頼する場合,弁護士が直接医療機関に依頼する方法と,患者である被害者に主治医の先生とお話していただく方法のいずれかが考えられます。被害者の負担は,弁護士による直接の依頼の方が小さいものの,医師と患者との信頼関係を維持・継続する観点では,直接コミュニケーションを取っていただく方が有益なケースが多く見られます。
本件の場合,従前の信頼関係が強固であった上,後遺障害診断書の再作成には可動域の再測定(医師と患者の直接のやり取り)が必要になるため,被害者を通じてご相談いただく方法が適切であると判断しました。
以上の活動を尽くした結果,肩関節の可動域は,健側が170度程度,患側は100度程度であるとの再測定結果が得られ,後遺障害等級認定の条件を満たす診断書の作成が実現されました。
なお,この再測定は,一度後遺障害診断書を提出してしまってからでは困難です。なぜなら,一度診断書を提出した後に,再測定をして別の診断書を提出した場合,最初に提出した診断書の内容が優先的に評価されるのが通常であるからです。前後の測定結果が明らかに異なる場合,先の測定結果が尊重されやすいため,提出前に診断書の再作成を行う必要がありました。
ポイント
被害者を通じて主治医に再測定を依頼
提出前に診断書を訂正(再作成)する必要がある
②金額交渉
金額交渉に際しては,慰謝料は裁判基準満額の90%の金額,逸失利益は後遺障害12級相当の金額がそれぞれ目標額でした。そこで,交渉手法として,逸失利益で11級相当の請求をした後,12級相当の金額に譲歩する形を取ることで,有益な結果を引き出すことにしました。
こうすることで,実際は目標とする逸失利益の金額であるにもかかわらず,相手目線ではこちらが逸失利益を譲歩したと映ることになります。こちらが逸失利益を譲歩した場合,慰謝料は相手が譲歩する,というやり取りになることを期待しました。
上記の交渉の結果,慰謝料については裁判基準満額の95%に相当する金額,逸失利益は後遺障害12級相当の金額を獲得できることとなりました。
ポイント
逸失利益を譲歩したように見せる交渉により,慰謝料の増額を獲得
活動の結果
上記の活動の結果,被害者には肩関節の可動域制限12級及び変形障害12級がそれぞれ認定され,併合11級が獲得できました。
また,損害賠償額は総額1,280万円超となり,本件の内容を踏まえた示談としては一般的な目標額を上回る結果となりました。
弁護士によるコメント
本件は,被害者が後遺障害診断書の作成を受けた後,後遺障害等級の認定手続前に弁護士相談をご希望されたケースでした。
弁護士が診断書の内容を確認したところ,そのままでは可動域制限が認定されない測定値であったため,事前に弁護士へご相談しなければ適正な等級認定を獲得するチャンスは失われていた可能性が非常に高かったでしょう。
その意味で,被害者の方が弁護士への相談を実施されたのは,結果に直結する極めて重要な行動であったと言えます。
弁護士の活動開始後は,比較的円滑に,事前想定通りの流れで解決に至ったため,本件は初期対応がほぼ全てであったと言っても過言ではありません。最終的な合意金額は,想定していた目標額を上回る水準になりましたが,被害者の方が適切な初期対応を尽くしたことへのご褒美のようなものだったのかもしれません。
後遺障害診断書の内容に不明点の生じた際は,一度弁護士にご相談されてみることをお勧めします。
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